音楽という真ん中を進む

皆さんこんばんわ、codomomental(W)です。深夜です。

 

今日のタイトルは「音楽という真ん中を進む」です。なんの話なんでしょう。

音楽。

 

と言っても色んなジャンルもありますし好みもあるんですよね。うん。かと言う僕自身はある程度どんな音楽も聴くし嫌いというものはありません。が、好んで聴くジャンルというか”性根”みたいなものは確実に存在するんです。わかりやすく言えば自分のレーベルで出してる音楽は当たり前だけどぜんぶ好きです。本当に当たり前なんだけど笑

 

ただそれはもちろん音楽として大好きってのもあるし、自分たちが苦しんで生み出しているという多大なる主観が入ってるものであるとも言えます。

 

この「主観」というのはとても難しいもので。音楽を仕事としてやる際に色んな人が気にするようなことってあるんですよ。よくあるってか耳にするのが「自分の好きな音楽がやれなくて…」なんたらかんたら…みたいなやつ。商業音楽って言う言う方が凄く嫌だけども、音楽を仕事にする時にこの言い訳を言う人はものすごく多い。これコドモメンタルってよりは僕個人としてだけの意見なんだけども……”糞食らえ”って思っています。色々語弊が生まれそうな感じなんだけど、いやまぁ語弊が生まれても別にいいんだけど。

 

うん、そういう感情が生まれてしまう人ってのはきっと「恵まれてる」んだと思う。恵まれてるってか渇望してないっていうか…甘やかされてきたんだなって。難しいんだけどもね。音楽がやれているってのはどんな状況でも幸せなことであって。もちろんその中に”自分の好きな音楽をやる”ってことはとても大事なことだってのは僕だって当たり前に理解してる。そうじゃなくて、例えば「今」やれなかったら「明日」やれるように努力したらいいだけの話だと思う。出来る環境がある人は、その環境からもう一つ努力して「自分の好きな音楽をやる」ようにしたらいい。これ真意が伝わるのだろうか…わかんないけど。簡潔に言うと

 

屁理屈言わず自分が胸撃ち抜かれた音楽で戦えよ

 

って話なんですよ。逃げんなよって思うんですよ。戦って戦って「変えていく」ことをしたらいいんです。ヘラヘラ笑ってて自分の好きなことだけやれますって言う人いるんですか?僕が思うにそんな人は一握りだと思う、どんな世界でも。ヘラヘラ笑いながらは出来ないんですよ、絶対。必死に戦ったからこそその先に視える未来が「好き」に繋がるんだと信じてるんです。音楽って自由なんですよ、なにをやってもいいわけで自由でいることで誰かに迷惑をかけることでもない。そもそも論でそんなに制約がない世界なのに勝手に諦めて日和ってんじゃないよ。って思うわけなんですよ。往々にしてそうして日和っていってしまう人間にもちゃんと音楽の才能はあって、音楽の才能があるからこそその他の才能というより音楽以外のことに対する世間の見方が斜めだったりして頭から諦めてしまう。或いはちょっとやった気になって諦めてしまう。戦うことを。

 

戦うんだよ必死に。もがくんだよダサくても。音楽で。

 

そう思って今も必死にもがいてるわけですコドモメンタルも。これしか出来ないしやりたいことも一切ない。恵まれてるって言ったのはきっと逃げる場所があるんだなって思うからです。どこなのかわからないけどここじゃないどこかへ行けてしまうわけでしょう?それが例え一時でも。異性なのか家族なのか違うことなのかわからないけど、どこか逃げる場所が存在してる。それは逆に言えば恵まれているって思うわけです。僕から言わせれば才能がある人間が逃げる行為自体腹立って仕方ないんだけども。どんだけやったって天才の作るものに勝てなくて、それは数字とかそんなものじゃ計ることが出来ない、自分が一番信じる物差し、言ってみれば”自分自身”がそう判断してしまう行為に何度もなんども泣いて悔しくて吐きたくてずっとずっといつかって思って挑戦し続ける。そんな行為を繰り返し続ける、それがこの世界の摂理だと思っています。

 

僕は僕自身のことを圧倒的な敗者だと思っています。

 

まだまだとかじゃないくらいコテンパンに。だからずっと拘り続ける。音楽でいつか、って。才能なんてない、今は勝てない創造を幾らでも目にするこの世界の隅っこで駄々っ子のように居座っている。コドモメンタルは変わってるとか独自の世界観でとかたまに目にするけど、そんなつもりは毛頭ない。至極真っ当な「真ん中」を必死に走ってるだけだ。奇を衒うような戦略なんて持ち合わせていない。今の時代で言えば炎上してみたり民意をあっちやったりこっちやったりするスキルも持ち合わせていない。昔から知ってる方法をこの音楽という世界の中で繰り返してる。CDを出して、それを手にとってもらう努力をして、そしたら今度はLIVEハウスでそれを聴いて体感してもらう。それだけ真剣にやってる。それ以外の方法を知らない。それから特にやりたいとも思わない。ああバカじゃんと、もっとやり方あるだろうって言う批評家が世の中にゴマンといるのは知ってるし、ネットの中でバカだ戯けだって言うのだって知ってる。でもだからなんなんだと。僕らは僕らのやり方を貫いていくだけでも精一杯なのに「もっと上手いやり方」なんてものがあるのなら、それを知ってやりたいって人はそれをやったらいいんだ。僕はやらない。

 

真ん中を走っていると思っているから。

 

惨めでもなんでも真ん中を走っていたい。誰に何を言われたとしても”自分たちに胸を張って”いたい。うん。

 

例え今負けていたとしてもね。

 

僕の「明日出来るようにする努力」とは此れで。自分たちの歩みを決して止めず走り続けていたいと思っていられるのはこの執念があるからです。もっとやりたいことがもっとこうなったらいいのにって、どうしてこんないい音楽が日の目を見ることがないんだって、わからず屋しかいねーんだなこの業界はって、誰も音楽聞かねーんだなこの業界の人間たちはって。ずっとそう思ってた。上手くいこうとも上手くいかなくてもずっとこの”怒り”みたいなものは業界というかこの世界に対して持ってて。その癖なんとなく”匂い”がしたら手のひら返したように「ああしたらいい」「こうしたらいい」っていう人間もいる。あーあーあーあー全員並べて豆腐投げつけてーなーって投げつけてから手でわしゃーってやってやりてーなーってうっせーなーって。そう思ってたってか今も思ってる。

 

でも自分たちも変わる努力をしなきゃなんない。

 

其処に届かないのなら、何処に届くだろう?

 

仮に届くとしたら、どんなものが届くんだろう?

 

いやはや其れさえ気にする必要ないんじゃないか?

 

好きにやりゃいいよ。

 

届けたいのは音楽業界のお偉いさんや何百万枚セールスしてきたって威張ってるおっきい会社のおにーさんおねーさんおじさんおばはんでもない。もっと僕らみたいな音楽好きで、でもなんか普通に生きてるのもつまんねーなーとか言ってて、でもなんも出来なくて、たまにわけもなく社会に対して腹立つなーとか思って、でもやっぱなんも出来なくて、たまに好きな人とか出来て、一喜一憂しちゃって、泣いたりして、苦しいなーとか死にてーなーとか楽しいなーとか、なんかそんな感じのこの業界の人じゃない人たちへ届けたいわけで。

 

何にも知らない10代の時はそんなおにーさんおねーさんおじさんおばさんに”選ばれる”ことが”売れる”や”支持される”や”認められる”ことに直結するんだと思ってた。馬鹿野郎だったから。でもそれこそアホみたいなことで。もちろんそういう「力持ってる系」の人たちの力ってのは絶大で、今でも間違いなくそうで、あのアニメ会社もあのタイアップもあのPRもどれもそれもって力持ってる系人間たちが抑えてる。LIVEハウスだってそうだ。ある一定以上のとこは日程だって出してくれないとこだってある。あの会社には日程沢山あるのに。うんうん、それはそれで色んなリスクヘッジもしなければならないわけだから理解は出来る。

 

恨み節みたくなってきた笑

 

じゃなくて、そんな中でも僕らは僕らが想う”真ん中”を走りたいんだ。負けたって負けねーんだ。

 

音楽で世界は変わらないって言う人もいるけど、僕は音楽で世界が変わった人間なんだ。

 

ってことが言いたいんだ笑

 

今年もいっぱい大好きな音楽と向き合っていける。苦しくて楽しくて仕方ない音楽と。

少年がミルク「ERROR」

 

この曲がまた僕を救ってくれた。音楽で世界を変えてくれた。

 

信じた真ん中を走っていける。

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