コドモメンタルBOOKS

皆さんこんばんわ、イマムラです。深夜です。てか記事を上げた今は朝です。

 

今日のタイトルは「コドモメンタルBOOKS」について。

 

僕の子ども時代はもう本当にあれで、アレすぎて書けないんだけど、小学高学年からは親も身寄りもないボロ雑巾みたいな子どもだった。それについてはどうとも思っていないし、それはそれで大人にはなれるのでなんの問題もなかった。読んだことがあるのは教科書くらいだったかな、ちょっとだけど。だって漫画は高くて僕には買えなかったから。街の大きな本屋さんで読めるものだけを立ち読みするくらいだった。

 

所謂高校生くらいの時、年齢で言うと16歳頃。家は平屋の3万円、大家さんはよくわかんない人だったけど何にも聞かずにずっと家を貸してくれてた。中学の頃から何故かバンドしてた僕はダラダラと惰性で音楽はやってて、あとはバイトして遊んでるただのダメ人間だった。そんな時友達の家にあった漫画を読むと言う行為をよくしてた。そんな気がする。遊んでる時以外は。

 

音楽人生でのターニングポイントだったと思う、当時のマネージャーになってくれる人との出会いがあった音楽の大会、それ以降音楽をちゃんとやるようになった。スタジオリハは徹底的に、何が大事で何をしたらお客さんが喜んでくれるのか、楽器隊は楽器の練習を、僕は歌を歌っていたからどうしたら自分という楽器が上手く鳴るのか、必死に探して考えて実行してを繰り返した。街の楽器屋のスタジオに朝から晩まで居た。事務所がついた僕らのバンドに、その街の楽器屋も一緒になって応援してくれて、スタジオが暇な空いてる時間は極力タダに近い金額で利用させてくれたりして。

 

当たり前だけど、バンドだから自分の曲を何十曲も作った。事務所がついて最初に言われたのは約2週間くらいの間に新曲60曲作りなさい、だった。びびった。大いに冗談だと思い込もうとした。その直前に、まだ移転する前の名古屋大須E.L.Lでワンマンをやった時も、ワンマン用に必死に曲を作ったのに…それでは全然ダメって事なんだ、マジか、マジでか…しんどい、そんな曲なんてポンポン出来て来ない、バカなんじゃないか大人は。いや、でも曲はなんとかなるのかもしれない、ギター触ってコード鳴らしてふんふんーって鼻歌歌ってたら曲は出来ていく。細かい音楽理論なんて知らないけど、どんなコードでなんて細かく知らないけど、気持ち悪い音・気持ちいい音は自分でわかる。それを紡いでいくだけでいい。だから、曲はなんとかなるのか…

 

頭の中では早速曲作りを開始してた。ギター持って触ってたらメロディーを作って、良いか悪いかなんてわかんないけど、とりあえずラジカセに録音して。なんども何度もそれを繰り返して。もう自分で何を作りたかったのかはわからなくて、でもなんかやるしかない空気になってたし、メンバーの手前やらなきゃカッコもつかない。夜中いつもなら遊びに出かけちゃうけど、一人でバイク乗ってどっか出かけて、ウォークマンで自分で作った音源を聞いて、歌詞がつくのか良い歌になるのか必死に向き合った、気がする。

 

歌詞は15曲くらいまでは納得するものが書けてた気がする。でもそれ以降の曲には歌詞が全くつけられなくなった。

 

記憶だけを頼りに物語を終わりまで持っていく作業は、あっけなく幕を閉じて、どうしたら良いのかわからなかった僕は、初めて街の図書館という場所に行ってみた。学校は小学校だけしかちゃんと行ってないから、小学校の図書館との違いに果てしなくびっくりした。色んな本が所狭しと並んでて、意味がわからないものが大半で圧倒された。わからないままどうしようと思った僕は、背表紙のタイトルだけでパラパラ捲りたくなるタイトルを探そうと思った。

 

レボリューション No,3

 

このタイトルを見つけて、何となく、本当に何となく手にとって、中を開いてみて。やっぱり当たり前だけど活字が並んでて…ただ、その本の最初はシェイクスピアの一説の引用だったんだ。

 

名前って何? バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても美しい香りはそのまま

 

って。ここで衝撃を受けたって言いたいんだけど、そん時の僕はもうトゲトゲの実を食べた気がしてた若いばかだったから「はぁ?」って思ってしまって。当たり前じゃん、みたいな。うん、で?みたいな。バカすぎたから、本なんてこんなもんだよねとか思っちゃったりして。ただ、でも、生まれて初めて小説というものを手にとって、中を開いたもんだから、この最後は何なの?って気になったんだ。でも借り方がわからない。どうすれば良いのかわかんないから、隣に居たサラリーマンのお兄さんに「これどうやったら借りられるんです?」って聞いて教えてもらった。ありがとう。

 

変な気持ちで家に帰って、読み始めてみた。読み始めてみて、4時間後くらいかな、一冊の小説を読み終えていた。読み終えた事実が誇らしくて内容よりもその事実に自分でびっくりして、それまで本なんか読んだこともなかった自分が何か大変な事を成し遂げた気になって、得意げになってた。すげーじゃん、めちゃくちゃすげーじゃんって。いやでも待てよ、この漢字ってなんて読むん?これが徹底的に多かった。でも周りの文脈で何となく意味はわかったりするのでそのままスルーしてたけど、読み終えた後に気になった。

 

辞書辞書、そんなもん僕の家にあるわけがない。だって何もないんだから家に。辞書ってどこに行ったら手に入るのか、この時の僕は本屋で辞書が売っている事さえも知らなかった。辞書は何か学業で必要なものだから学校じゃないと手に入らないんじゃないかって何故か思い込んでた。図書館にもあったはずなのに…翌日、学校に行ってる友達に会いに行けば辞書を手に入れられるんじゃないかって、友達の学校の校門で待って友達が出てきた瞬間に「辞書貸して」って言った。友達は「重いからって武器にはならん」って言った。

 

家に帰って、わかんなかった箇所を見つけようともう一回読んでみる事にした。もう僕には辞書というものがあるから、無敵。無敵だぜって。したらば今度はわからない漢字が気にならないくらい物語に没頭してしまって3時間ほどで読み終えてしまって。ん、漢字調べるんじゃなかったっけ?ってなって。よし、漢字を調べるぞって意気込んで、勉強なんてした事なかったからなんか勉強してるみたいな気になって漢字を調べた。これまた大変な事がおこって、辞書のひき方がわかんない。この目の前にある漢字が読めないからどうやって辞書で調べたら良いのかわかんない…めちゃくちゃ無敵だと思ったのに、全然無敵じゃなかったから一気に凹んだ。

 

「ねえ、辞書ってどうやってやるん」辞書を貸してくれた友達の家に夜中に行って。「は?」って言われながら辞書のひき方を教えてもらった。ほうほう、何種類かあるんだね、辞書を使う方法が。なるほどなるほど、そうやって調べるわけだ、なるほど。初めて辞書を使った瞬間だった。

 

思い返しながらこれを書いてるわけだけど、引くね自分で。ただ、めちゃくちゃ大真面目だったんだその時は。

 

辞書の使い方がわかった翌日、僕は小説を自分のお金で、本屋で、初めて購入した。前述した図書館で借りた本だ。その時にはもう3回は読んでいたけど、何となく自分で持っていたくなった。自分で買った小説を抱いていつも通る公園の、今はもうなくなってしまった遊具の横に座って、初めて買った小説を読み始めた夕方。暗くなっても電灯があるからちゃんと読めて、僕は本を読みながら初めて泣いた。

 

僕が初めて本というものと向き合った時だった。

 

結局60曲という試練に途方も暮れて歌詞が書けずにどうしようという所からだったけど、本と出会う事が出来た(60曲もちゃんと作ったよ)。今でも忘れないし、今もフィジカルでその本を持ってる。

 

今でも時間があれば本を読むし、漫画も大好き。アート本みたいな高くてデカい本も見るし、雑誌も好き。移動が鬼のように多い僕はもっぱらiPadで電子書籍を読む。紙の本も大好きだし、電子も大好きだ。何年か前までは紙以外無理とか言ってたけど何千冊って本が持ち運べる事実に全然OK派になった。

 

音楽もそうだけど、僕は判断基準が自分にある。良いも悪いも自分で決めたら良いと思ってる。誰かにとって価値がなくとも、誰かにとって価値があるもの、それが芸術で良いと思ってる。一生そうして死んで行きたいと思ってる。

 

コドモメンタルBOOKS

 

というもの、実は1年半前くらいからずっとやりたいと思ってた。けれど、僕は最前線に身を置きたいタイプだし今でもそうだから本当に時間というものもなかったし、タイミングもなかった。でも以前某社と一緒に本を作った事があって、その時「あーやっぱり自分でやってみたい」って強く思ったのが一番の原因だったりする。

 

レーベルだって、マネジメントだって、LIVE制作だって、グッズだって、アートワークだって、MVだって、営業だって、PRだって、どんな事だって自分でやってみたい。必ずやってみる。ぜんぶ自分で。そういう人間だから、その時作ること(制作)はやらせてもらったけど、営業とPRをやらせてもらえなかったのが非常に複雑な気持ちになった。というよりもお互いの会社を立てるみたいな事をしないといけない大人ルールみたいなものが確実に存在してた。それは仕方のない事だけど、知りたい、どういう風に本が売られていて、現場で展開されてて、読者が何を思っててってのを知りたい。

 

よく「新しい事をやるのは怖くないんですか」とか「勝算があるんですか」とか聞かれるけどそんなの考えたこともない。どうだっていい心底。

 

僕は本に救われたし本が大好き。音楽なかったら死ぬだろうけど、本なくても死ぬ。だから自分でやってみたい、そんだけ。作るところから売るところまで一貫して自分たちでやってみたい、そんだけなんだよね。いつもそうなんだけど。

 

ジャンルなんてなんだっていい。本を作れるのならどんなものもやってみたい。音楽だって一緒だしね。

 

第一弾は、ぜんぶ君のせいだ。メンバー緑色”一十三四”の「一十三四五」(ひとみよい)というセルフフォトエッセイ。

©️ ぜんぶ君のせいだ。

楽しみだ。とても楽しみだ。

 

大好きな人たちと、大好きなものを制作する。今僕らがやってる音楽と一緒で、情熱のみでやれる仕事。こんなに嬉しいことはない。四の本はほんとこれもずっとやりたいと思ってたので、めちゃくちゃタイミングもよくリンクした。会議してて、オールセルフで行くってなった時その時まで考えてたあらゆる座組みをぶっ壊してもいいやって一瞬で思ったくらい「納得出来るもの」になるって思った。

 

これからこの”コドモメンタルBOOKS”も色んな事をやって行きたい。やって行きたいって思ったらもう体が動いてるタイプだから第4弾くらいまでの作品は動いている。

 

音楽・本・僕にとってはどちらも大切なもので、どちらも自分を変えてくれたもの。何がなくなってしまっても構わないって気持ちで出来る数少ないもの。大好きなもの。

 

だから嬉しくて仕方ない。

 

これからどちらも、自分たちが納得出来るものを作って行きます。世の中に出して行きます。もしそこで感性が合ってちょっと買ってやってもいいかなって思ったら是非とも手に取ってみて欲しい、その時僕の夢は一度叶う。

 

楽しいなと思った事をどんどんやって行くのは変わらないね。

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